AIとの共同作品です
試しにやってみました
内容は暗めでメッセージ性が強いもの著作権は避けてとの要望をしました
中二病っぽい雰囲気かも
第1話:透熱(とうねつ)
世界が「バグ」を起こしていることに気づいたのは、中学二年の夏だった。 アスファルトから立ち上る陽炎(かげろう)の向こう側、歩道を行き交う大人たちの背中に、墨を零したような黒い影がべったりと張り付いているのが見えた。それは影というより、実体を持たない「重み」のようだった。
怒っている人の肩からは刺々しい波が立ち、ひどく悲しんでいる人の足元には、粘り気のある澱(おり)が溜まっている。 僕はそれを「視覚のバグ」と名付け、誰にも言わずにイヤホンを耳の奥まで押し込んだ。見えすぎることは、救いではなく、ただのノイズでしかない。
二十歳になった今も、僕の視界は相変わらず騒がしい。 大学の講義室。教授の背後には、退屈という名の薄暗い霧が漂っている。隣に座る学生のスマホを握る手には、誰かに認められたいという承認欲求が、チカチカとした不快な光となって爆ぜている。
僕はそれらを視界の端に追いやり、古い図書室の隅にある、誰も来ない席へと逃げ込んだ。 カビ臭い紙の匂いと、低い天井。ここだけが僕の静域だった。
けれど、その日は先客がいた。 窓際の席。午後の西日が差し込む場所に、一人の少女が座っていた。 彼女には「影」がなかった。いや、影がないのではない。彼女という存在そのものが、薄いのだ。
ページをめくる指先が、透き通った水のように光を透過している。彼女の後ろにある本棚の背表紙が、彼女の肩越しにぼんやりと透けて見えた。 まるで、現像に失敗した写真の露光漏れのように、彼女はこの世界から消えかかっていた。
「……見えてるんだ」
彼女が顔を上げずに言った。鈴の音を小さくしたような、透明な声だった。 僕は、自分の鼓動が少しだけ速くなるのを感じた。
「何が」 「私の、境界が曖昧になってるのが」
彼女がようやく顔を上げた。その瞳もまた、淡い灰色に変色し始めている。 驚くべきことに、彼女の周囲にはノイズが一切なかった。怒りも、悲しみも、執着も。ただ、冬の朝のような静謐(せいひつ)だけがそこにあった。
「驚かないんだね」と、彼女は少しだけ口角を上げた。その仕草すら、陽炎のように揺れている。 「慣れてる。……変なものが見えるのには」
僕は正直に答えた。 彼女は「そう」とだけ言って、また本に目を落とした。それが、僕と彼女の、長くはない時間の始まりだった。
第2話:空白の輪郭
それから数日、僕は講義の合間に図書室へ通うようになった。 彼女――「ナギ」と名乗ったその少女は、いつも同じ窓際の席で、文字が掠れた古い詩集をめくっていた。 日は追うごとに、彼女の輪郭は薄くなっている。カーテン越しの光が彼女の肩を突き抜け、机の木目を映し出していた。
「怖くないのか」 僕は、自分の指先が震えているのを隠すように、カバンのストラップを強く握った。 ナギは本から視線を上げ、ふっと微かな笑みを浮かべた。その表情さえ、霧の向こう側にあるようで心許ない。
「怖いっていうより、……納得してるの。この世界は、重すぎるから」 彼女は窓の外を指差した。キャンパスを行き交う学生たち。彼らの背中には、僕に見える「期待」や「焦燥」や「嫉妬」のドロりとした影が、鎖のように絡みついている。
「みんな、誰かに見られるために自分を塗り固めてる。……私は、それができなかった」 彼女の声は、空気に溶ける雪のように静かだった。 「誰からも認識されなければ、誰の期待にも応えなくていい。誰のノイズも受け取らなくていい。そう思って少しずつ自分を削っていったら、いつの間にか、世界の方が私を忘れてくれたみたい」
過剰な繋がりを求め、互いを監視し合う現代社会への、静かな拒絶。 僕が「見えすぎる」ことで苦しんでいるのと対照的に、彼女は「見られないこと」で自分を保とうとしていた。
「……僕が見てる。君が完全に消えるまで、僕だけは見てるから」 僕は衝動的にそう口にしていた。 ナギは驚いたように目を見開いた。彼女の胸のあたりに、ほんの一瞬だけ、淡い、青白い光が灯ったのが見えた。それは今まで僕が見てきたどの「ノイズ」よりも純粋な、彼女の『本音』の欠片だった。
「ありがとう。でも、気をつけて」 彼女の輪郭が、夕闇に紛れて一層淡くなる。 「私を強く認識すればするほど、君の『バグ』も加速する。このままじゃ、君も――」
彼女の言葉の続きは、放課後を告げる無機質なチャイムの音にかき消された。
第3話:残像の温度
図書室の窓の外、夕焼けは血のような赤から、深い群青へと溶け始めていた。 ナギの姿は、もうほとんど背景の影と区別がつかない。彼女が触れた机の上には、かすかな結露のような湿り気が残っているだけだった。
「もう、時間みたい」
僕が彼女に触れようと伸ばした手は、抵抗もなく彼女の肩をすり抜けた。空を切った指先が、冷たい夜気に触れる。 「待ってくれ、行かないで。僕が見る。ずっと、君だけを写し続けるから」
僕は必死に、彼女の輪郭を脳裏に焼き付けようとした。 だが、僕が彼女を強く想えば想うほど、僕の「バグ」は加速していく。視界の端で、街の明かりが歪んだ幾何学模様となって爆ぜる。他人の欲望や悪意が、黒い奔流となって僕の耳を聾(ろう)するほどに打ち鳴らされた。彼女をこの世界に繋ぎ止めるには、あまりにこの世界は「重すぎ」たのだ。
「いいんだよ。これで」 ナギが微笑んだ。それは、全ての重荷から解放された、残酷なまでに美しい微笑みだった。 「君のバグは、きっといつか消える。私のことを忘れた時、君の世界はまた、普通に動き出すから」
彼女の姿は一筋の光の粒子となって、夜の静寂へと散っていった。 指先に残ったのは、温かさでも冷たさでもない、ただの「空虚」だった。
一週間後。 僕は再び、あの図書室の席に座っていた。窓際の席には誰もいない。ナギという学生が在籍していた形跡すら、どこにもなかった。 けれど。僕の視界から、あの日以来、ノイズが消えていた。他人の背中に張り付く黒い影も、耳障りな高周波も、今はもう聞こえない。
彼女が去り際に、僕の「バグ」を一緒に連れて行ってくれたのかもしれない。 僕は、彼女が読んでいた古い詩集を手に取る。めくったページの余白に、一箇所だけ、鉛筆で小さく書き置きがあった。
『見つけてくれて、ありがとう。』
彼女はいなくなった。世界は相変わらず嘘と無関心に満ちている。 それでも、僕はもうイヤホンを外している。 失った痛みは、僕が彼女と出会った確かな証拠だ。その痛みさえあれば、僕は、この灰色で不確かな世界を、自分の足で歩いていける気がした。

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