AIとの共同作品です

個人的に思ったsnsでの他人との比較という弊害をモチーフにした作品です

第1章:ブルーライトの檻

深夜二時。世界が寝静まったはずの時間に、私の指先だけが忙しなく動いている。

カーテンを閉め切った六畳間の中心で、私の顔はスマホのブルーライトに青白く照らし出されていた。網膜に焼き付くようなその光は、暗闇の中で唯一の「出口」のように見えて、その実、私をどこにも逃がしてくれない檻でもある。

私は、今日撮った自撮り写真をピンチアウトした。

(……この角度、やっぱり鼻が低く見える。あの子の投稿に並んだら、きっと私は『背景』になっちゃう)

写真編集アプリのレバーを慎重にスライドさせる。小鼻を数ミリ削り、顎のラインを鋭くし、瞳の輝きを不自然にならない程度に増していく。加工している最中の私は、まるで不完全な自分を必死に修理している職人のようだ。でも、どれだけ修復を重ねても、満足感は一向にやってこない。

画面を切り替えてSNSを開けば、タイムラインには「正解」が氾濫している。  中学の時に塾が一緒だった女子は、都内の高級ホテルのラウンジでアフタヌーンティーを楽しんでいる。添えられた文章には『自分へのご褒美』なんていう、吐き気がするほど使い古されたフレーズ。  偏差値も、容姿も、親の年収も。インターネットという巨大な市場では、あらゆるものがタグ付けされ、オークションのようにその価値を競わされている。

私は、自分の投稿に付いた「いいね」の数を確認する。四十二。  さっきの彼女は、三桁を軽々と超えている。  その差の分だけ、私の価値が削り取られていくような感覚。心臓の奥が冷たく、ざらりとした何かが溜まっていく。

(別に、羨ましいわけじゃない。あんなの、どうせ親の金で、加工しまくりの虚像なんだから)

そう自分に言い聞かせながらも、私はもう一度、自分の写真を加工し直す。  見ず知らずの、生きている環境も、大切にしているものも違うはずの誰か。そんな人たちの「最高の一瞬」と、私の「惨めな日常」を並べては、勝手に負け判定を下して、勝手に傷つく。

この指先でスクロールしているのは、他人の生活じゃない。自分の劣等感だ。    私はスマホを枕元に放り出し、天井を見上げた。  明日は学校だ。そこにもまた、別の種類の「格付け」が待っている。  暗闇の中で、私は自分の呼吸がひどく浅いことに気がついた。

第2章:透明なヒエラルキー

翌朝、教室のドアを開けると、そこには夜の静寂とは対照的な、高密度な「情報の嵐」が渦巻いていた。

私の通う私立進学校は、偏差値という一つの巨大な物差しで、生徒全員を一列に並べる場所だ。休み時間になれば、友だちとの会話は自然と「昨日の模試の結果」や「どこの予備校の特進クラスに入ったか」という、数字のやり取りに収束していく。

「ねえ、見た? 昨日のB組の紗奈の投稿。なんか推薦決まったっぽくない?」

友人の一人が、声を潜めてスマホを見せてきた。画面の中では、昨日夜中に私が見ていた「正解」の一人が、教室で微笑んでいる。

「……みたいだね。あそこ、将来の就職も強いし。勝ち組確定って感じ」

私は、喉元まで出かかった「あの子、数学は赤点ギリギリだったのに」という言葉を飲み込んだ。この場所では、最後にどんなカードを手に入れたかが全てだ。プロセスなんて誰も見ないし、価値のない努力は、初めから存在しなかったことにされる。

ふと窓の外を見下ろすと、校門の前でゴミ収集車の作業員が、重いバケツを抱えて走っているのが見えた。  汗をかき、泥に汚れた作業着。隣に座っていた男子生徒が、鼻で笑いながら言った。

「ああはなりたくないよな。効率が悪すぎるだろ。勉強しないと、ああいう仕事しか残らないって、親にいつも言われるよ」

周囲に、乾いた笑いが広がる。私もその波に乗り、薄く口角を上げた。  そうだ。私は、あっち側には行かない。  名前も呼ばれず、スペックで測ることもできない、透明な労働者たち。彼らを「下」だと定義することで、私はかろうじて、この息苦しい教室の中での自分の「ランク」を繋ぎ止めていた。

けれど、笑っている私の手は、机の下で小さく震えていた。  あっち側に行かないためには、走り続けなければならない。誰かより高く、誰かより美しく、誰かより効率的に。  もし、この足が止まったら。  もし、私の偏差値が、私のフォロワー数が、私の「マシな容姿」が、これ以上伸びなくなったら。

その瞬間、私はゴミと一緒に回収される「価値のない人間」に成り下がるのではないか。

昼休みの自習時間、私は英単語帳を見つめながら、気づけばまたスマホを手に取っていた。  タイムラインの向こう側で笑う、自分より高いスペックを持つ誰かへの羨望。  そして、窓の下で働く、自分より低いスペックだと決めつけた誰かへの蔑み。  その二つの感情は、実は一つのコインの表裏でしかないことに、その時の私はまだ気づいていなかった。

私はただ、この透明なヒエラルキーの階段から滑り落ちないよう、爪を立ててしがみついていることしかできなかった。

第3章:境界線上のカフェ

「澪、勉強ばかりしてないで、少しは社会の空気を吸ってきなさい」

母親に半ば強制される形で始めたアルバイト先は、駅裏の路地裏にひっそりと佇む、お世辞にも「映える」とは言えない古びた喫茶店だった。  店内の壁はコーヒーの煙に燻されて琥珀色に変色し、棚には出所のわからない古い文庫本が並んでいる。ここには、私が必死に追いかけている「最新」も「トレンド」も「効率」も、何一つ存在しなかった。

(……なんで、こんなところで。時間の無駄なのに)

私はカウンターの奥で、プラスチックのトレーを執拗に拭きながら、心の中で毒を吐く。  有名進学校の生徒が、こんな埃を被ったような店で皿を洗っている。そのギャップが惨めで、私は学校の友人には、ここで働いていることを絶対に秘密にしていた。

カラン、とドアベルが鳴った。

「こんにちは。店長、例のやつ、取りに来ました」

入ってきたのは、一人の男だった。  年齢は二十代後半から三十代くらいだろうか。作業着の膝には泥がつき、手には使い古された軍手を握っている。  私は反射的に顔を背けた。学校の窓から見下ろしていた、あの「あっち側」の匂いがしたからだ。

「ああ、トオルさん。お疲れ様。今準備できてるよ」

店長が奥から出してきたのは、いくつもの大きなタッパーを詰め込んだ重そうなコンテナだった。  男――トオルと呼ばれたその人は、重い荷物を軽々と受け取ると、私の方を見て「あ、新人さん? お疲れ様です」と、屈託のない笑みを向けた。

私は愛想笑いすら浮かべられず、小さく会釈しただけで視線を落とす。  トオルさんの爪の間には黒い汚れが入り込み、顔には隠しきれない疲労が滲んでいる。 (夜に働く、福祉関係の仕事……だっけ。大変そう。私なら、もっと楽に稼げる道を選ぶのに)  そんな蔑みの混じった同情が、無意識に脳裏を掠める。

「今日は特別に寒いからね。みんな、この温かいスープを楽しみに待ってるんだ」

トオルさんは、重い荷物を抱えながら、まるで宝物でも運んでいるかのように嬉しそうに言った。  その目は、スマホの画面越しに自分を値踏みする私の目とは、決定的に違っていた。  濁りのない、まっすぐな光。  何かに怯えることも、誰かと自分を比べて焦ることもない、不思議な落ち着き。

「トオルさん、その格好でこれから『夜灯学校』へ?」  店長の問いかけに、彼は「ええ。あの子たちが待ってますから」と短く答えて、夜の闇へと消えていった。

店内に残されたのは、彼が持ち込んだ僅かな土の匂いと、私の胸に残った小さな、イガイガとした違和感だけだった。    スペックも、学歴も、華やかな経歴も。  私が「価値」と呼ぶものを何一つ持っていないはずの彼が、どうしてあんなに誇らしげに笑えるのか。    私は、自分が磨いていたトレーに映る、自分の顔を見た。  完璧に加工された自撮り写真よりも、ずっと不機嫌で、ずっと疲れ果てた表情をしていた。

第4章:夜灯(よとう)の響き

その日の深夜、私は店長に頼まれ、トオルさんが忘れていった予備の鍵を『夜灯学校』まで届けることになった。

駅前の喧騒から離れ、街灯もまばらな住宅街の隅。そこに、古びた公民館を借り切ったような小さな建物があった。窓からは、青白い蛍光灯ではなく、電球色の柔らかいオレンジ色の光が漏れている。

おそるおそる中を覗くと、そこには私の知らない「世界」が広がっていた。

昼間の教室のような整然とした静けさはない。そこには、仕事終わりの作業着を着たままの男性や、幼い子供を膝に乗せた女性、あるいは私と同年代に見える、少し疲れた顔をした若者たちが、バラバラの机に座ってノートを広げていた。

トオルさんは、その隅にある小さな調理台で、湯気を立てる鍋をかき回していた。

「あ、澪さん。わざわざ届けてくれたんだ。ありがとう」

トオルさんは鍋を置き、私の方へ歩み寄ってきた。私は、思わず心に溜まっていた問いを口にしてしまった。

「トオルさん、……ここって、何のためにあるんですか? 単位が出るわけでも、いい会社に入れるわけでもないのに。こんなボロボロになって、何のために働いてるんですか?」

失礼な質問だとは分かっていた。でも、効率とスペックだけを信じてきた私にとって、彼の行動はあまりに「損」に見えたのだ。

トオルさんは少しだけ驚いたような顔をして、それから優しく、教室で学ぶ人々を振り返った。

「あそこに座っている彼らはね、昼間は誰にも名前を呼ばれないような場所で働いている。でも、夜ここに集まって、自分のために一文字ずつ言葉を覚えたり、計算をしたりするんだ。誰かの評価のためじゃなくて、自分の人生を、自分の手で触れるものにするために」

トオルさんは、鍋のスープをお玉で掬い、私の前に差し出した。

「僕はこの仕事で、誰より金持ちになれるわけじゃない。でも、彼らが『わかった!』って笑う瞬間を見られる。それは、数字じゃ測れない僕だけの宝物なんだよ。澪さん、君のいる世界は、誰かと比べて勝つことだけが全てなのかな?」

私は、差し出されたカップを受け取った。温かいスープの熱が、冷え切った指先を伝わって、胸の奥へと溶け出していく。

(……私は、誰をリスペクトしていたんだろう)

スマホの中の、顔も知らない「上の人」。あるいは、スペックで切り捨てていた「下の人」。  私は、目の前の人の「生」そのものを、一度でも見たことがあっただろうか。    トオルさんは、偏差値も、容姿も、年収も関係ない場所で、一人の人間を一人として尊重していた。そして何より、自分自身の価値を、他人の指先に委ねていなかった。

「……私の世界は、いつも誰かの視線でできてました。でも、トオルさんのスープは、すごく温かいです」

視界が少し、滲んだ。  青白いブルーライトに焼かれていた私の目に、夜灯学校のオレンジ色の光は、あまりにも優しく、眩しかった。

第5章:剥がれ落ちるフィルター

夜灯学校からの帰り道、街灯に照らされた自分の影が、いつもより濃く、はっきりとしているように感じた。

翌日、学校へ行くと、昨日まで当たり前だった光景が、まるで異国の奇妙な儀式のように見えた。  休み時間。友人たちがスマホを囲み、「このインフルエンサー、整形したらしいよ」「こっちの大学に行った先輩、結局留年したんだって」と、誰かのマイナスを見つけては、自分たちの現在地を必死に確認し合っている。

(……何をしてるんだろう、私たちは)

胸の奥で、小さな、でも鋭い声が響いた。  昨日まで、私もその輪の中心にいた。誰かの不幸を「下」と定義し、自分はまだ「マシ」だと安心する。それは、自分で自分の足を縛り付ける、終わりのない呪文だったのだ。

放課後、私はいつものように自撮りをして、編集アプリを開いた。  指が、いつものように顔のラインを削ろうとして、止まる。

画面に映る私は、確かにトオルさんや夜灯学校の人たちに比べれば、スペックという箱の中では「上」に分類されるのかもしれない。でも、その瞳はひどく濁っていて、自分の人生を生きている人間の輝きは微塵もなかった。

(私は、誰の人生を編集しているの?)

フィルターを重ねるたび、私は私自身から遠ざかっていた。  加工された私に付く「いいね」は、本当の私に向けられたものではない。数字が増えるほどに、本当の私が透明になって消えていくような恐怖。

私は、編集途中の写真を保存せずにアプリを閉じた。    数日後、再びカフェのバイトに向かった私は、店長に思い切って切り出した。 「店長。私、トオルさんのお手伝いに行ってもいいですか? 掃除でも、配膳でも、何でもいいので」

店長は少し驚いたように目を見開き、それから優しく微笑んだ。 「……いいよ。澪さん、少し顔つきが変わったね」

それからの私は、学校が終わると夜灯学校へ通うようになった。  最初は、自分が「助けてあげている」という傲慢な気持ちがなかったと言えば嘘になる。けれど、必死に文字を覚えるおじいさんの手の震えや、働きながら学歴を取り戻そうとする同年代の少女の、一切の無駄を省いた真剣な眼差しに触れるたび、私のプライドは粉々に砕け散っていった。

彼らには、私が喉から手が出るほど欲しかった「自分軸」があった。  他人が何を言おうと、世間がどう格付けしようと、自分は今、これを成し遂げたい。その純粋な意志。

私はもう、スマホの中の誰かと自分を比べることに、それほどの意味を感じなくなっていた。  画面の向こうの華やかな生活は、私とは違う誰かの物語だ。それを否定する必要はない。ただ、リスペクトを持って横に置いておけばいい。    私は、私の手の届く範囲で、私にしかできないことをする。  汚れた床を拭き、不格好でも一生懸命に野菜を切る。トオルさんと並んで、誰かの「今日」を支えるために。

私の世界から、冷たいブルーライトの檻が少しずつ消え、代わりに血の通った温かな感触が戻り始めていた。

エピローグ:自分の世界を生きる

あれから、四年が経った。

三月の柔らかな日差しが、職場のデスクを照らしている。私は今、地域福祉を支援する小さなNPO法人で働いている。かつての私が「効率が悪い」と切り捨て、「あっち側」だと蔑んでいた、泥臭くて、手触りのある仕事だ。

昼休憩のチャイムが鳴り、私はふと、ポケットの中で震えたスマホを取り出した。  画面には、大学時代の友人たちの近況が並んでいる。大手企業の内定を祝う豪華なディナーの写真、海外赴任が決まったという華やかな報告。

(……あ、私、今笑ってる)

一瞬、胸の奥を小さな棘がかすめるような感覚はある。それは長年の癖のようなもので、完全に消えることはないだろう。けれど、昔のようにその棘が心を支配し、血を流し続けることはもうない。

「すごいな、みんな頑張ってるんだな」

口から出た言葉は、自分でも驚くほど自然な「リスペクト」に満ちていた。  彼らには彼らの戦う場所があり、積み上げてきた努力がある。それを素直に認められるようになったのは、私が「自分の足もと」を愛せるようになったからだ。

今の私には、加工アプリで消し去らなければならない自分なんていない。  現場を駆け回って日に焼けた肌も、重い荷物を運んで少し逞しくなった腕も、すべてが私の「生」の証だ。

ふと、デスクの隅に置かれた一枚の写真を眺める。  夜灯学校の最後の日、トオルさんや生徒のみんなと撮った写真だ。  そこに写る私は、髪は乱れ、ノーメイクに近い状態だったけれど、これまで撮ったどんな自撮り写真よりも、強くて、いい顔をしていた。

「澪さん、午後の訪問、そろそろ出発しましょうか」

同僚の声に、私は「はい!」と短く答えて立ち上がる。  スマホをスリープ状態にし、ポケットに深くしまい込んだ。

画面の中には、無限の比較と終わりのない競争が広がっている。  けれど、私の世界は、ここにある。  扉を開けた先にある冷たい空気、歩道に咲く名もなき花、そして、今日出会う誰かの小さな困りごと。

私はもう、誰かのフィルターを通して自分を見ることはない。  私は、私の目で世界を見、私の足で地を踏み、私の心でリスペクトを贈る。

「さて、行こう」

私は独りごちて、一歩を踏み出した。  加工なしの空は、どこまでも高く、どこまでも透明な青色をしていた。

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